Region[リージョン] No.21 | 渕上印刷
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世界に伝えたい鹿児島の薩摩焼 東市来・美山「沈壽官窯」。白い槿の花が咲く庭に、十五代沈壽官さんは、ポロシャツと白い釉薬が付いたスラックス姿で現れた。四百年の歴史を持つ家の伝承者、というイメージが強いだけに、思いのほか気さくな雰囲気が印象的だ。韓国の調度品で清々しく整えられた客間で、話は和やかに始まった。平成22年10月から12月まで、パリ・エトワール美術館を起点に、「CHIN(歴代沈壽官展)」(巡回展)が開催される。薩摩焼四百年の歴史を薩摩焼約100点でたどる内容だ。今回、沈さんがこの展覧会を企画したのは、一つの大きな目的がある。これまで誤解されがちだった薩摩焼を世界へ改めて提示したい、というものだ。一般的に薩摩焼と言えば、「金襴手薩摩」を代表とする華やかな作品をイメージする。19世紀にパリ万博に出品されたことなどでもてはやされたジャポニズムを体現した作品群が代表的なもの、と言えるだろう。「金襴手がブームになる前に、ヨーロッパで認められていた、鹿児島の薩摩焼の存在を知ってほしいのです」と、沈さんは言う。「SATSUMA・SATSUMA」とは 「鹿児島の薩摩焼」と聞いて〝?〞と思う。薩摩焼だから鹿児島で作られていて当然ではないか……と。しかし、世界中で「SATSUMA」として紹介されているものの多くが、実は、鹿児島で作られたものではない。薩摩焼として紹介されているものの多くが、ブーム時に輸出用として日本各地で生産されていたものだそうだ。「ロシアの美術館で学芸員に、『これはSATSUMA・SATSUMA(鹿児島の薩摩焼)か?』って聞かれて(笑)。つまり、薩摩のものじゃない薩摩焼がいかに多いかっていうことなんだよね」と沈さんは教えてくれた。沈さんは、鹿児島以外の地で作られた薩摩焼を否定している訳でない。当時の経済活動として理解し、大きい概念では一括りにすることを認めている。一方で、鹿児島に窯を持ち薩摩焼を継ぐ者として、「鹿児島の薩摩焼」の存在を世に示し、原点を提示しなくてはならないと考えている。今回の展覧会では、鹿児島で沈家の初代らが手掛けた古い薩摩焼を展示することで、「SATSUMA」の原点を改めて世界へ伝えたいと意気込む。土地の宿命を背負う 「これが、私が思う理想の薩摩焼です」と沈さんが棚から取り出した白薩摩の茶碗。あたたかみのある白さ、やわらかな曲線、控えめだがぽってりと艶のある肌……。金襴手薩摩の豪華なイメージの対極にあるような、楚々とした簡素さと優しさがにじむ美が印象的だ。十三代の手によるものと伝えられている収蔵品の一つだが、この茶器には、沈さんが考える本物の薩摩焼の要素がそろっている。まず、鹿児島の土を使っていること、伝統技術を守っていること、そして、最も重要なのは、「土地の宿命を2010年10月5日~12月11日までパリ・エトワール美術館で開催される「CHIN(歴代沈壽官展)」の街頭ポスター地元の伝統文化は、身近にあるがゆえに、その価値の大きさを見過ごしてしまっていることがある。私たちにとって「薩摩焼」もその一つかもしれない。平成22年10月からパリ・エトワール美術館を起点に「CHIN(歴代沈壽官展)」を開催する十五代沈壽官さんを訪ね、「薩摩焼」の世界と今を聞いた。むくげ19

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