Region[リージョン] No.21 | 渕上印刷
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背負ったもの」であるということ。つまり、土地の素材や環境はもちろん、歴史的背景も含めて、薩摩でなければ生まれ得なかったもの、ということである。薩摩焼の歴史は、四百年以上前にさかのぼる。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に、朝鮮半島から連れて来られた陶工たちが、やがて鹿児島の苗代川地域(現 美山)に定住し、数々の苦難を乗り越えて、この土地にしかない美を生み出してきた。島津家の政治ツールとしても重要視され、その美意識を体現してきた歴史もある。こういった背景がすべて込められたものが、〝本物の薩摩焼〞だと沈さんは言う。挫折と迷いを経て見えた世界 平成11年に十五代を襲名し、当主として12年目を迎える沈さん。長年にわたり、鹿児島で薩摩焼を作る意味を自らに問い続けてきた。そして今、「薩摩焼の灯台のような存在になりたい」と迷いのない目で語る。灯台のような存在とは、どっしりと動かず、いつでも立ち戻ることのできる基軸になるということ。つまり、伝統の形を変えずに作り続けていくことを意味する。沈さんは、かつて、挫折と迷いの人だった。大学卒業時には、陶芸の道へ進むことに葛藤があり、一般企業の試験を受けたこともある。作品作りについても、20代後半のイタリア留学時には、デザインが描けずに苦しんだ経験も。第三者から見ると将来が約束されているように思われる道も、一人の人間としては窮屈さがあったのだろう。葛藤を経て「よい作品を創るには、生で感じた感動を込める〝WILL(意志)〞とそれを実現する〝SKILL(技術)〞が大切だと気づきました。どんな仕事でも、プロとは、どのように〝WILL〞を込め、〝SKILL〞を高めていくかに尽きると気づいてからは、この仕事に対する迷いは吹っ切れました」とすっきりした表情で頷いた。未来に挑むことは過去に挑むこと 沈さんは、過去に、沈家歴代の陶片数千点を整理したことがある。そこで、さまざまなことに気づいたという。「先人たちの陶片から伝わってくる、〝WILL〞と〝SKILL〞の凄さに、改めて感じ入ったのです」。伝統は宝の蔵だと気づいた沈さん。「未知なる『未来』に挑むことは、通り過ぎた未知なる『過去』に挑むことだ」と自らの生きる指針が見えた、と言う。沈さんが薩摩焼を情熱的に語っているとき、時折深い眼差しになる瞬間がある。自分の内なる声と対話しているのではないかと思わせる、不思議な表情だ。おそらく、沈さんの中で、薩摩焼と共に激しく生き抜いた先人たちの血が熱くたぎるのかもしれない。現在51歳。これからも鹿児島で薩摩焼を作り続ける意味を見つめ続けたい、そして、理想にたどり着くため、土を探し、技を磨き、作品に深さが生まれるように、熟慮と哲学を追求していきたい、と語る。土地の宿命、歴史の宿命を背負ってもの作りを続ける人が、人生をかけて取り組む薩摩焼の伝承。一点を深く掘り下げていく先にどんな景色が見えてくるのか、沈さんが挑む世界は、果てしなく深く、豊かである。PROFILE十五代 沈壽官(じゅうごだい・ちんじゅかん)1959年生まれ。早稲田大学卒業後、京都市立工業試験場・京都府立陶工高等技術専門校を修了。1986年~88年のイタリア国立美術陶芸学校留学を経て、1990年には大韓民国京畿道 金一萬土器工場にてキムチ壺制作・修行。1999年に十五代沈壽官を襲名。襲名展ほか、大韓民国京畿道のエキスポ出品、NY・アジアソサエティーミュージアム出品など展覧会多数。2010年10月からはパリ・エトワール美術館での「CHIN(歴代沈壽官展)」(巡回展)を開催。◎沈壽官窯の「沈家伝世品収蔵庫」はパリ展および国内巡回展のため、2011年4月18日まで休館しています。ショップや工房は営業しています。【お問い合わせ】 沈壽官窯 鹿児島県日置市東市来町美山1715 TEL 099-274-2358沈さんが「理想の薩摩焼」とする古薩摩の茶碗。ヨーロッパでこうした古薩摩が高く評価された時代があったという十五代の代表作「薩摩夏香爐」。「同じ虫でありながら、造形も色も生き方も全く違う。そこがすごく面白いね」(沈さん)20

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