Region[リージョン] No.21 | 渕上印刷
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essay鹿児島県は水が美味しい所だ。山辺には山辺の、海辺には海辺の水がある。豊かな雨と火山地帯ならではの大地が、名水を生むのだろう。霧島は火山群、火の神たちが集く所だ。しかし、そこには水の神たちも宿っている。火の山は、水の山でもある。阿蘇でも麓の白河あたりに、水がどんどこ噴き出すように、霧島でもあちこちでさわさわと水が湧き出している。湧水といえばその名も湧水町の丸池が名高い。ここの池が偉いのは、名水百選に選ばれたからではない。ここの水が、人間の浅知恵などより遙かかに深いところから湧き出しているからだ。番付けや格付けなんて、威張りたがり屋が作って、ナマケモノが従う流行りものだ。まあガイド本と一緒で、無いよりましな時もありますけどね。丸池をはじめて訪れたのは、もう三十余年前のことだ。附近は今ほど整備されていなかったが、水の水らしさは今と変わりがなかった。私はここの水が、住民にきちんと飲まれ、余ったものが田畑を潤しているさまに、とても嬉しくなったことを覚えている。私の住む出水の上水道も、昔の市長が温泉を掘るつもりでボーリングしたところ、出てくるわ出てくるわ水がごんごん湧いてくる。そこで温泉の話は水に流して、上水道にしたという経緯がある。ここには掘らなくても、それがある。湧水と出水の違いかなと思ったりもする。また栗野には水窪街道ぞいに、ノハナショウブの南限地である三日月池もある。ここの水はさわさわとはいかないが、雨期にはみずみずしい三日月が、地面によこたわる。ものの本によれば、三日月池も霧島四十八ヶ池のひとつと称されている。四十八といえば、数の多いことのたとえでもあるが、誰かそれを教えて下さらないだろうか。巡礼ではないが、霧島や池をめぐりて日もすがら、というのも悪くない。湧水町は水もさわさわ、温泉もぼこぼこ、ここは水の神と火の神が仲良く住んでる所だと思う。吉松で水と火といえば、私はすぐに蒸気機関車を思い出す。吉松も鉄道の町で、かつてはそれを象徴する石造りの給水タンクと操車場があった。駅の近くには官舎があり、そこには駅の職員、機関区、保線区さまざまな人々が住んでいた。私が知っているのは、出水にもこれらがあり、当時吉松に引っ越して行ったり、吉松から来た仲間がいたからだ。今は大半が無くなった。先日も夕方五時半に駅に電話をしたら、「ただいま留守にしています……」という声が応接してくれた。ただ駅前の「汽笛まんじゅう」は健在である。汽笛やドラも、死語に近いのかもしれない。しかし、汽笛は消えても汽笛まんじゅうは残る。残ってほしいと私は願う。おかだ・てつや1947年、出水市生まれ。ラ・サール高校から東大中退。物語「川がき」シリーズ3部作とともに、久しぶりの詩集「わが山川草木」も好評。湧水町 火の山には水の神も宿る文・岡田 哲也PROFILEは やすだゆうすいちょういずみそのかみ03

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