Region[リージョン] No.27 | 渕上印刷
19/40

ここを「障害者支援施設」だと誰が思うだろうか。敷地内には緑が溢れ、パンの焼ける匂いが漂う。学園のメンバー(利用者)とスタッフ、来園者が行き交い、顔を合わせば挨拶が交わされる。時にはそこに会話が生まれることもある。それはまるで、幸福な村の風景のようだ。鹿児島市吉野町にある「しょうぶ学園」。約120人のメンバーがここを利用し、生活面のケアを受けながら、各人が刺繍、木工、陶芸、絵画などの表現活動に取り組む。メンバーとスタッフのコラボレートによってさまざまな商品が生まれ、販売されている。ここでの時間を過ごすことを楽しみに、しょうぶ学園には全国から多くの人々が訪れる。下請けを止め「工房しょうぶ」を設立統括施設長の福森伸さんは、しょうぶ学園をユニークな施設へと変えた立役者だ。子どもの頃から両親が設立した学園で、知的障害を持つ人々と共に過ごしてきた。日本体育大学時代はラグビー部員として全国大会に出場し、優勝を経験。しかし、「別の世界で冒険してみたい」と2年で退部し、コックや雑誌の編集など、20以上のアルバイトを経験した。卒業後はアメリカを放浪し、東京でアルバイト生活を送った。結婚を機に帰郷を決意した福森さん。「どんな仕事をするか全く知らなかった」が、1983年からしょうぶ学園で働き始めた。木工を独学し、メンバーに教えながら、ものづくりの楽しさに目覚めていった。当時のしょうぶ学園では、メンバーが織物や刺し子、竹細工などの下請け作業や農業に従事していた。依頼主の要望に合わせて、定形のものを作る仕事だ。軽い障害の人はある程度のことはできるようになる。しかし、重い障害を持つ人は、いくら教えてもできるようにならなかった。「彼らには目先の目標はあるけど、『遠い先の目標』が理解できないんです。だから『依頼主が求めるものを作り、納める』ということがわからない。スタッフが『頑張ろう』と励まし、彼らも頑張るんだけど、不良品ができていく。この仕事では、彼らの喜びは得られない。彼らは一体誰のために生きているのか、もっと主体的に生きるべきじゃないかと疑問でした。それに、福祉施設だからといって外から仕事をもらうばかりじゃ駄目だと。人間なんだから、社会に何かを与える仕事ができるはずと考えていました」85年に学園の運営を引き継いだ福森さんは下請けを止め、「工房しょうぶ」を立ち上げた。福祉施設を前面に出すと、「障害があるのに頑張っている」という福祉の視点で商品を判断される。学園での作業活動やそこから生まれる商品を総称して「工房しょうぶ」と呼ぶことで、世間と対等にものづくりをしたいと考えたのだ。木、布、和紙などの工房でメンバーが作業したものをスタッフが仕上げ、工房しょうぶからは数々の工芸品が生まれていった。「福祉を勉強したことがないから、この頃は自分の経験と感覚だけで突き進んでいました」鹿児島市吉野町にある「しょうぶ学園」は、学園のメンバーがユニークな表現活動を行うことで全国にその名を知られている。統括施設長の福森伸さんは、両親から引き継いだ園の運営方針を少しずつ見直してきた。今も、知的障害を持つ人々が主体性を持って生きる方法を日々考え続けている。(右上から時計回りに)布の工房での自由創作/パスタ&カフェOtafukuで提供される「ゴルゴンゾーラチーズソースのほうれん草パスタ」/土の工房で作られた陶製の動物たち/観客の心も開放させてくれるotto&orabuの演奏/木の工房で見かけたカラフルな木工作品/絵画教室では各々が思い思いの絵を描く17

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer9以上が必要です