Region[リージョン] No.28 | 渕上印刷 5/40

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加世田 砂丘の宝石と舞も敷しき野のの光文・岡田 哲也す。自分がちょっぴり鳥や花や虫や月になった気分で、季節のメリハリを確かめるのだ。それが逆に心の蕾にメリハリを与えるかもしれない。といって、裏の野良猫のように盛さかりが付きすぎというのも困るのですが……。 この季節の美味いものといえば、私には加世田のラッキョウだ。ラッキョウを細く切り(昔は包丁の背で拉びっちでいたが)、水で晒し、それを酢味噌の木の芽あえにしたり、カツオ節と醤油でまぶしたりする。ササッと拵こしらえたものを、シャキシャキとつまみ、ぐいと焼酎を呑む。すると、夏だあと叫びたくなる。キビナゴが海の宝石なら、加世田のラッキョウは砂丘の宝石だ。 さて美味い所とは、心が浮かれる場所だ。ただ私は、人波でごったがえす行楽地や観光名所は苦手だ。ヘソ曲がりなんですね。 苦手といえば、地域おこしでよく口にされる「起爆剤」という言葉も苦手だ。まあ鹿児島の後進性の自覚と向上心の表われなんでしょうが、この言葉を聞くたび、私は何となく地雷原のふるさとを歩いている気色になる。 初夏、照葉樹の山々は、実に美うま味そうに見える。光のドレッシングを浴び、色とりどりの緑が滴したたっている。山に限らず、海にも巷にも、畦道にも獣たちにも、命が滴っている。 だけど五月病やいわゆる「木の芽どき」に嘖さいなまれる人もいる。それはきっと万物胎動のこの気に、うまく和せぬ心の蕾が、かじかんだままになってることのような気がする。 私は医者じゃないが、その薬は真面目にこまめに季節を体感することだと思う。曰いわく、美味い人や音と会いなさい。美味い所に行きなさい。美味いものを食べ、美味い夢をみることで観光地や歓楽街で、いつのまにかお金を使わされてしまうのは、「参りました」と悪い気はしない。しかし、「客を見たらゼニと思え」と言わんばかりの思いが相手から感じられると、とたんに腰が引ける。もてなされているんじゃなく、もて遊ばれているだけじゃないかと思う。だから、イヤな思いや忙しい思いをするだけの所へは、私は遊びに行きたくない。 加世田に舞も敷しき野のという集落がある。かつて笠沙宮があった地というが、舞敷はおそらく禁裏や皇居を意味する百ももしき敷から来ているのだろう。ここがどんな日本の発祥の地だったか、私は知らない。しかし、手入れのゆき届いた家々の生け垣や小ざっぱりとした集落のたたずまいを目にすると、今にも道の角から、木このはな花之の咲さく耶や姫ひめが出て来そうな気がする。古代と地つづきなのだ。 先日もここで、小道いっぱいの蛇と出会った。「ヤマタノオロチじゃあ」と私は叫んだが、むろんそれは冬眠あけの青大将だった。こんな出会いが、私は結構気に入っている。おかだ・てつや1947年、出水市生まれ。ラ・サール高校から東大中退。物語「川がき」シリーズ3部作とともに、詩集「わが山川草木」も好評。昨年8月にエッセー集「憂しと見し世ぞ」を発刊。畑で収穫したばかりのラッキョウ。まさに「砂丘の宝石」のような輝き。03

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