奄美パーク-パンフ
6/8

不喰芋と蘇鐵田中一村(たなか いっそん) 明治41年(1908)、栃木県に生まれる。幼い頃から画才を発揮し、7歳の時、父稲邨より「米邨」の号を与えられる。大正15年東京美術学校入学後、わずか2ヶ月余りで中退。その後南画家として活動する。第19回青龍展に「白い花」を出品入選するが、その後中央画壇に入選することはなかった。 昭和33年50歳で奄美大島に移住。紬工場で染色工として働き、蓄えができたら絵を描くという生活をくり返し、亜熱帯の植物や動物を描き続け、独特の世界を作りあげた。絵かきとして、清貧で孤高な生き方を通した一村は、昭和52年69歳でひっそりと誰にも看取られずにその生涯を閉じた。 その後、一村の作品の一端が紹介されると大きな反響を呼び、少しずつ一村の素顔が世の中に知られるようになった。一村生誕100年の年に増築されました。田中一村が青龍展で入選を果たした《白い花》や,徹底した観察と描写による《花と軍鶏》などの屏風や襖絵を展示しています。回廊部分には、奄美出身の彫刻家「重村三雄」氏の代表作《いぶし銀の世界》を展示してあります。

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です