Region vol.43
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んや、横山さんのように留学が終わっても島に残っている若者などさまざまだ。「留学が終わっても、タケちゃんが島に残ってくれたことがうれしい」と話すのは、メンバーの一人、佐藤幸世さん。ご主人が島の出身で、自身もIターン者だ。「何のつながりもない島で暮らしていくのは、きっと大変だったと思います。けれども島の人たちとも積極的にコミュニケーションを取ろうとしていた。その気持ちが伝わったのかなと思います。私も仲良くさせてもらっています。たまにけんかもしますし(笑)」 今ではこのようにすっかり島に馴染んでいる横山さんも、これまでに島を出て行こうと思ったことが「実は2、3回あった」という。「どうしても寂しくなったり、自分の思いが上手に伝わらなかったりした時もあって。けれど、島の人が『いなくなると寂しいよ』と言ってくれたり、みんなと一緒に叩けなくなることを考えたらやっぱり島にいたいと思いました」 島での暮らしは12年目を迎えた。今では島に暮らす人の気持ちも、島に新しく来た人の気持ちも、移住者である自分ならその両方がわかるのではないかと自負している。そしてここまで暮らしてこられたのは、間違いなく島の人々のおかげだと感謝している。「移住は決して簡単ではありませんが、島の人には本当によくしてもらいましたし、その感謝の心は今でも忘れていません。その恩返しではないですけど、もっとジャンベを通して硫黄島の魅力を発信していきたいと思っています」 その思いから横山さんは、鹿児島市でも硫黄島出身の人たちが集まるきっかけのひとつになればと、2010年からフェリーみしまの待合所で年に一度イベントを開催している。当初から約200人近い観客が集まり、昨年は鹿屋や種子島からもジャンベチームが参加した。「ジャンベって人と人とをつなぐ魔法の楽器だと思うんですよ。僕はジャンベを通して硫黄島と出会い、ここに住む人たちと出会い、さらに輪が広がっていった。ほかの誰かにとって、たとえ一人でも、ジャンベがそのきっかけになってくれればうれしいです」 綾さんとの結婚式にはほぼ全島民が参加し、島の小中学生が歌も披露してくれたそうだ。まるでひとつの家族のような、そんな島の空の下には、今日も横山さんや島の人たちが叩くジャンベが響いている。右/「あ・ぼーら」の練習風景。横山さんはメンバーにとって頼れる先生でもある。左上/フォークリフトを運転し、港で荷物を運ぶ仕事もしている。左下/港ではフェリーの到着や出発にあわせてジャンベが演奏される。

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